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用もないのに相手と話しこむということはなかったから、女生徒の側ではA先生と個人的に話をするためには特別な質問事項を授業について作るか、クラブ活動に精進せねばならなかった。
この時点でA先生は自然と女生徒を勤勉にさせ得るまたとない教師であった、といえよう。
こういうA君の接し方は二年目に二年生の担任をもっても変わらなかった。
ただ、担任にあたらなかった他のクラスの女生徒がひがんで、時にA君が担任をしているクラスを目のかたきにすることはあった。
それにしても運動会とか文化祭の際の応援のルールや部屋割りなどをめぐるささいないさかいであったからまことに他愛なかった。
 A君には、よくある女生徒にとっての異性としての危険性は皆無であった。
何故かというとA君は、女生徒ほどの年齢の女性が生理的に好きになれなかった。
にきびの出かけたうす桃色の少々脂ぎった顔の皮膚、ムッとくるほどよく香る黒髪など、この年齢の少女たちのもつ何かしら旺盛な生命力のような迫力に、A君は圧倒されていた。
それでいてA君はよくある例の危険性に憧れてはいたのだ。
過去に過失で友を死なせたという影を背負いつつ真摯に教師業をつとめる主人公と彼に恋い恋がれて不治の病いにありながら生命を燃焼していく美しき女生徒との純愛……。
だから、A君は内気そうでやや病弱なクラスで目立だない文学少女風の女生徒を美しいと思ったという。
勝気で明るく、常にリーダー格の(もちろん勉強もよくできる)女生徒がとりまきになりたがってそばに寄ってきても、自他ともに認める”美少女”とは認めがたかったともいっていた。
やはりA君のそういう在り方も、病弱な母親の影が投影している気がしてならない。
 とはいえ、A君は好きなタイプの女生徒を美しいとは思っても、性の対象にまで思いこむようなことはなかった。
A君にとってこの女子校が楽しくてならなかった理由は、他にあった。
30代後半の女性の数学教師、T先生の存在である。
T先生はすでに二児の母でサラリーマンの夫を単身赴任させて、自分の方の親の実家の離れに子ども二人と下宿しているという身分であった。
もともと夫とともに実家の親と暮らしているので、T先生は実際の年齢よりは若く、華やいで見えた。
少女とは違うおとなの臭い、子どもを二人生んだこともあってA君の母親とも共通する母性の臭いを心持ち合わせていた。
T先生は理科系の出身のせいか物事にこだわらず、楽天的で神経質な要素はまったくなく、A君の母親とは正反対に豊満な身体つきであった。
 このT先生とA君との関わり合いは、すくなくともT先生側から考える限り、まったく深くない。
A君が担任をはじめてまかせられた当時、彼は突然例の登校拒否の経験をクラスで公表した。
“登校拒否”から完全に立ち直ったという現状ならではの自信のなせるわざであったかもしれないが、教職にあった期間における唯一のA君の”驕り”とも取れる態度であった。
当然職員室内でもこのことが日頃のA君から考えられない”意外さ”としてとりざたされたが、いの一番A君の過去をむしろ高く評価したのがT先生であった。
勤務している附属の中学校から高校・大学・大学院と家庭的にも苦労しらずに通過してきたT先生は、いわゆるお嬢さん先生ともいえる人であったから、A君の現在と過去があたかも苦難を乗り越えた輝かしいものに見えたのである。
それが契機でT先生とA君は親しく口をきき合うようになった。
これが独身の若く美しい女の先生だと女生徒や他の男の先生の嫉妬の対象にもなったのであろうが、T先生はゆったりとしたおおらかな人間性で、人望もあり、ごく健全なお母さん先生であったから、周囲はむしろほほえましい人間関係のように見ていた。
T先生のお母さんもまたT先生とよく似た性格で気のいい気さくな人であったので、いつのまにかA君はT先生の家に呼ばれて、時折夕食をごちそうになるようになっていた。
A君の母親は病気のせいで脂物や肉類がいっさい食べられない。
A君と帰りの遅い父親のためだけにボリュームのある料理を作って待っていてくれるのだが、常々A君には気づまりで、あまり楽しく夕食を口にした経験がなかった。
夕食というのは家族が同じものをワイワイいいながらつつくので楽しいのである。
俗に一つ釜の飯の間柄ともいう。
その点、T先生の家ではT先生の両親もT先生自身も二人の食べ盛りの子どもたちも、大変健康な上に食に興味のある人たちで、ボリュームのある料理を中心にたくさんの品数の夕食をたっぷりと取る。
もちろん始終なごやかでとりとめもなく話題も尽きない。
A君は礼儀正しい生真面目な性分であったから、大正年代のT先生の両親も、”今の若い人にはめすらしい”とA君を抵抗なく受け入れていた。
ただ、T先生一家にとって不可解なのは教師であるA君をてっきり子ども好きだと思っていたのに、T先生の二人の子どもたち(小学生)がA君にあまりなつかないことであった。
嫌がったり避けたりはしないのだが、食事が終ってもA君がなお居つづけると、勉強嫌いなはずの二人がさっと部屋へ引きあげてしまう。
T先生にもたまには子どもたちとゆっくり話をしたいと思うこともあるので、そういう時とかも合うと、A君に早く帰ってほしいと思うのだが、その点についてA君は気をきかせてくれることがなく、結局A君の相手をすることになる。
それについてT先生の母親はこんなふうにいった。
「学者タイプというか人の気持ちの機微に敏感ではない方でしたね。
良い方でしたが、気を使うのがどうしてもこちらなので正直、疲れることもございました。
いえ、あの方のお母さまやご家庭のお話はふつうの人は隠すようなことなのに、自分で話題になさるのがお好きでした。
はしたなくこんなことお聞きしていていいのかしら、と思ったこともございますが、何しろご自分中心のお話でないと何となくご機嫌が悪いように見受けられて。
時にいただきものであちらのお母さまにも召し上がっていただけそうなものや、見て楽しんでいただけるようなものがございました時には、さしあけるととてもうれしそうでした。
それをお出ししてお引き 取りいただける潮時にすることもございましたが。
お母さま想いなのですね、きっと。
一度だけお返しに紙雛をいただきましたが、お母さまの手作りとかでそれは美事でしたよ。
売っているものでもなかなかあんなには作れますまい、と思うほど、針をこまかく使って仕上げてある、それはそれは小さな可愛らしい芸術品でした。
ですが、私どもには何だかそのお母さまの細いデリケートな神経そのものに見えまして、お話を聞いているだけに何とも痛々しく見えるね、と娘と話したものです。
私も娘もこんなあけっぴろげな性格でございますからね」 T先生とA君の関わり合いはこの域をまったく出ない。
A君が教職を引くことになった事件を起こした時、T先生とその母親は自分たちのA君への接し方が密にたりすぎたと反省していたが、人への善意も過ぎるとわが身にふりかかる、という教訓としてT先生母娘は自分たちの非を認めたものであろうか。
疑問が残る。

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